ジェル1個=糖質25〜30g。レース中、いつ・何個・どう摂るのが最適か?「マルトデキストリン+フルクトース2:1で90g/h」「マラソンランナーの実摂取は35g/h」——論文5本で実用戦略を組み立てる。
レース当日、エイドステーションでジェルを取って一気飲み——でもその後、お腹が痛くなったり、効いてるのかわからなくなったり。
ジェル摂取には科学的に決まった方法がある。タイミング・量・種類・組み合わせ。さらに、市民マラソンランナーの実摂取(35g/h)はガイドライン推奨(60g/h)を大きく下回っているという驚きの事実も。
論文5本で読み解く。
- P1Jeukendrup (2010) — 単一糖質はSGLT1で60g/hが上限
- P2Currell & Jeukendrup (2008) — マルトラCHOでTT +8%
- P3Jeukendrup (2014) — 運動時間別の最適摂取量ガイド
- P4Pfeiffer et al. (2012) — 市民マラソン実態は35g/h(推奨を大幅下回る)
- P5de Oliveira et al. (2014) — 持久走中のGI障害は30〜70%が経験
はじめに:なぜジェルが必要なのか
身体には筋グリコーゲン+肝グリコーゲンで合計約400〜500g(=1,600〜2,000kcal)の糖質が貯蔵されている。中強度のランニングで時速約60〜80gの糖質を消費する。つまり2〜3時間で完全枯渇する量。
マラソン3時間以上、ハーフでも90分超のランナーにとって、レース中の糖質補給は“気合い”ではなく”栄養工学”の問題。論文を読むと、何を・いつ・どれだけ摂るかには明確なガイドラインがあることがわかる。
P1. 単一糖質はSGLT1で60g/hが上限
Carbohydrate and exercise performance: the role of multiple transportable carbohydrates.
Current Opinion in Clinical Nutrition and Metabolic Care, 13(4), 452–457.
これにフルクトース(2:1)を加えるとGLUT5トランスポーター経由で別ルート吸収されるため、合計90g/h(1.5g/min)まで上昇。
単一グルコースは1経路で60g/h上限。フルクトース併用で別経路を活用し90g/hまで吸収可能
腸の細胞には砂糖を吸収するゲートが2種類ある:
① SGLT1:グルコースとマルトデキストリン(=グルコース連鎖)を吸収。最大60g/hで飽和
② GLUT5:フルクトース(果糖)専用。最大30g/hで飽和
グルコース単独だと60g/h以上摂取しても、腸内に残って浸透圧で水を引き寄せ→下痢・お腹痛。
そこに果糖を2:1で混ぜると、別ゲート(GLUT5)が働き出して合計90g/hまで吸収可能。これがJeukendrup革命と呼ばれる発見。
現在の高性能ジェル(Maurten、Maurten 320、SISベータフュエル等)はすべてこの原理で設計されている。
① 成分表の“マルトデキストリン + フルクトース(果糖)”の組み合わせを確認
② 比率が 2:1(または1:0.8)に近いものを選ぶ
③ 比率不明な国産ジェルは “ブドウ糖+果糖ぶどう糖液糖” でほぼOK
④ マラソン90分以上、または60g/h以上摂りたいランナーはマルトラ必須
P2. マルトラCHOでTT +8%
Superior endurance performance with ingestion of multiple transportable carbohydrates.
Medicine & Science in Sports & Exercise, 40(2), 275–281.
① 水のみ
② グルコース単独ドリンク
③ Glu+Fruドリンク(2:1)
クロスオーバーで全員が3条件を実施。
・水のみ vs Glu+Fru:+19%
・Glu単独 vs Glu+Fru:+8%
(p<0.01)
ただし注意:この実験は“2時間運動後の追加TT”。マラソン後半のような状況をシミュレートしている。最初から飛ばすシングル種目では効果は小さくなる。
重要なのは:
① 後半までエネルギーが残る:糖質枯渇遅延
② 中枢神経への作用:口腔内に糖質が触れるだけでも脳が “燃料あり” と判断し、ペースを維持できる
③ 胃腸負担減:同じ糖質量でも胃に残らないため快適
特にマラソン30km以降や、ハーフ後半5kmで顕著に効く。
“後半きつくなったから飲む” では遅い。前半から定期的に摂取し、糖質貯蔵を維持し続けるのが正解。
P3. 運動時間別の最適摂取量ガイド
A step towards personalized sports nutrition: carbohydrate intake during exercise.
Sports Medicine, 44(Suppl 1), S25–S33.
・30〜75分:マウスリンスでも可(口に含むだけ)
・1〜2時間:30 g/h(単一糖質OK)
・2〜3時間:60 g/h(単一糖質OK)
・2.5時間以上:90 g/h(マルトラCHO必須)
運動時間が長くなるほど糖質摂取量を増やす。マラソンは60g/h、ウルトラは90g/h(マルトラ)がスタンダード
重要なポイント:
① 60分未満は実は糖質不要:体内グリコーゲンで足りる
② 60〜75分はマウスリンス効果:口に含むだけで脳が反応してパフォーマンス向上
③ 90分超え=ハーフマラソン後半=糖質必要
④ 2時間超え=マラソン=マルトラCHO推奨
著者(ハーフ1:47→サブ90狙い)はちょうど境界域(90分前後)。30〜60g/hが目安。
注意:これは “上限” ではなく “推奨”。慣らせば90g/hまで耐性をつけることもできる。
ハーフ90分:30 g/h × 1.5h = 45g(=ジェル1〜2個)
– 30分地点と60分地点で1個ずつ
ハーフ100〜120分:30 g/h × 2h = 60g(=ジェル2個)
– 30分・60分・90分で1個ずつ
フル3時間:60 g/h × 3h = 180g(=ジェル6個)
– 30〜45分ごとに1個、計5〜6個
フル4時間:60 g/h × 4h = 240g(=ジェル8個)
– 30分ごとに1個、計7〜8個
P4. 市民マラソン実態は35g/h(推奨を大幅下回る)
Nutritional intakes of elite athletes during ironman, marathon, half-Ironman, and cycling races.
Medicine & Science in Sports & Exercise, 44(2), 344–351.
アイアンマン: 47 g/h
サイクリング: 53 g/h
GI不快感:0〜4%程度(穏やか)
35g/h = ジェルたった1.5個/時間。3時間のフルマラソンで5個も摂れていないのが市民ランナーの現実。
理由は3つと考えられる:
① ジェル不慣れ:練習で摂っていない、味が苦手
② エイドで時間ロスを嫌う:止まらないと飲めない
③ “気合いで走る” 文化:糖質補給を軽視
GI不快感の発生率が0〜4%しかないのは重要。適切なジェルを練習で慣らせば、ほとんどの人は問題ない。
30km地点で急に動かなくなる “壁” の主因は糖質不足。エイドで止まる時間ロス < ペース維持で得られる時間 が圧倒的。
特にハーフ→フル移行ランナーは要注意。ハーフでは “ジェルなし” でいけても、フルでは絶対に必要。
P5. 持久走中のGI障害は30〜70%が経験
Gastrointestinal complaints during exercise: prevalence, etiology, and nutritional recommendations.
Sports Medicine, 44(Suppl 1), S79–S85.
① 高浸透圧(濃いジェル一気飲み)
② 高脂肪・高繊維食(レース前)
③ 脱水(腸の血流低下)
④ ジェル一気飲み(浸透圧急上昇)
⑤ 練習不足(腸の慣らし不足)
重要なのは“腸も練習で鍛えられる”こと。これを“Gut Training”と呼ぶ:
① 練習でジェルを使う:ロング走20km以上で必ずジェル摂取練習
② 段階的に量を増やす:最初30g/h → 45g/h → 60g/h
③ 水と一緒に摂る:ジェルだけ一気飲みは浸透圧で胃が荒れる
④ 練習でレース食を再現:本番と同じジェル・タイミング
“レース当日に初めてのジェル”は地獄。最低でも10回は練習で試すこと。
1〜2週目:10kmジョグの中盤でジェル1個を試す。胃の反応を観察
3〜4週目:15kmランで30分ごとに半分→1個。水500mlと一緒に
5〜8週目:20kmロング走で30分ごとに1個。3個摂取で慣らす
9〜12週目:本番と同じブランドで25kmロング走、4個摂取
レース1ヶ月前までに“自分の胃が許す最大量”を把握する。
5本の論文から見える、ジェル戦略の科学的コンセンサス
| 論点 | 科学的結論 | 強度 |
|---|---|---|
| 単一糖質の上限は? | 60 g/h(SGLT1飽和) | ★★★ |
| マルトラCHOで上限は? | 90 g/h(2:1比率) | ★★★ |
| パフォーマンス効果は? | マルトラでTT +8% | ★★★ |
| マラソン推奨量は? | 60 g/h(2〜3時間) | ★★★ |
| 市民の実摂取は? | 35 g/h(=推奨の58%) | ★★ |
| GI障害発生率は? | 30〜70%、ただし練習で予防可 | ★★ |
| マウスリンスは効く? | YES、60〜75分の運動で有効 | ★★ |
じゃあ、サブ90狙いランナーの最適ジェル戦略は
ハーフ90分(=ちょうどジェル必要・不要の境界)向け戦略:
▼ レース30分前(START -30min):
ジェル1個 + 水200ml + カフェイン100mg
スタート時の血糖値を上げ、序盤の燃料に
▼ 15分地点(=4〜5km):
ジェル1個 + 水100ml
“早めに” 摂るのがコツ。胃が動いているうち
▼ 45分地点(=12〜13km):
ジェル1個 + 水100ml
ここから後半戦のための燃料補給
▼ 75分地点(=20km、必要なら):
ジェル1個 or マウスリンス
残り3kmならマウスリンスで脳をだます
合計:ジェル3〜4個(=90〜120g)、=60〜80 g/h ✓
ジェル選びのチェックリスト:
☑️ マルトデキストリン+果糖の組み合わせ(成分表確認)
☑️ 1個25〜30g(国内ジェルの標準)
☑️ カフェイン入り(レース後半用に1個は欲しい)
☑️ 味が好み(続けて飲める味であること)
☑️ 練習で10回以上試した(本番初体験はNG)
私(著者)の実戦経験:練習でジェルを試さず、ハーフ本番で初めて摂取。30km走でやってみたら口内が甘ったるくて吐き気。それ以来、ロング走の度にジェル練習を必ず入れている。
“何を摂るか”よりも、”練習で何を試したか” が本番の成功を決める。
※ 本記事は学術論文の内容を市民ランナー向けに要約・翻訳したものです。より正確な情報は各論文原著を参照してください。
※ Asker Jeukendrupは過去にPepsiCo/GSSI(Gatorade社)のグローバル栄養責任者を務めていました(現在は独立)。利益相反を考慮した上で結果を解釈してください。
※ 1型糖尿病・特定の消化器疾患のある方は、糖質摂取戦略について必ず主治医・スポーツ栄養士に相談してください。


コメント